No Music No Life~日々全力投球~  社会人になっちゃったゆずひろの日常
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最近考えること
こんばんわ、ゆずひろです。んとね、最近よーく考えることがあるんですよ。それは、「死ぬ」ということ。ごめんなさい、ものっそ重たい話でね…

数年前におばあちゃんが亡くなって、それからというものよく「死」について考えることがある。中学のころ、部活で虐めみたいなものに遭い一度自殺しようと思ったことがあった。んでも、今になって思うとなんてバカなことをしようとしていたんだと反省している。

そのころの自分の中では、命というものは終わればそこで終わるっていう認識はなく、むしろテレビゲームのヒーローのように、何かの呪文で生き返ったり、リスタートが出来るものだと思っていた。でも、そんなことは人間が描いた虚像でしかなく、実際といえば終わった灯火は再び灯ることはない。

最近「死」というものがよく頭の中を過ぎります。何かの暗示なのかどうかは分からないけども…それが頭を過ぎる時、オイラはすごく胸が締め付けられたような苦しみを味わいます。死んだらこのシャワーも食べ物も大切な人や物も触ることも、ましてや何も出来ないし…そう思ってしまいます。

人間の脳っていいもんで、一日一日があるからその時々にあわせたことを考えて行動しているわけですよ。それは逆の発想を用いれば「死ぬ」ということを考えさせないためのものではないかと思うわけです。何も考えることがないから「死ぬ」ことについて考えるのもおかしな話ですが…

こうやってオイラがPCに向き合いブログを書いている最中でも、地球上のどこかでは今必死に自分の命と戦っている人もいるわけで…こういうことをいうとキリがないからこれでやめるし、表現としてこれをもってくるのもどうかと思ったから…けど、人の命はいつかはなくなってしまうもので、人は生まれたと同時に「死ぬ」までのカウントダウンを始めたわけです。それがすぐ来てしまう人、100年後に来る人…色々です。

病気が末期のとき、よく自分の死期を悟ったのかと言う人がいますが、それは置いといて…人はどんなに科学が進歩しても自分の寿命は知りたくないでしょう。それは時に幸せを、多くは不幸を招くからだと思うから。だって嫌でしょう?「あなたは何年後に死ぬ」って言われるのは…もしそれが信憑性のあるものなら尚更です。ちなみにオイラは絶対に嫌です。たぶんそのようなことを言われたら「生きる」ということを放置しそうな気がしてなりません。

大学生活も折り返し地点に来て、そろそろ浅くでも自分の将来について考えることも増えてきた。それと平行して…ではないけど、「死ぬ」ってことも頭をよぎる。そんなことを繰り返した結果一つの結論が出た。それは「後悔するような生き方はしたくない。行動できるときに行動しよう」というものだ。


オイラは最近になって、もっとたくさんの人と関わりを持ちたいと思ってや
まない。それはネット上、このブログを通じて仲良くなった方々もそうだが、文字だけの交流だけでなく生身での交流もしていきたいなって思っているのだ。…なんか、こういう風に書くことによって自分のやろうとしていることを正当化するようにしているのではないかと思いますが…


時間の許す限り、お金のある限り、オイラはたくさんの人と仲良くなりたい。そして最愛の人を見つけ、その人とそれからの人生を共に戦いながら過ごして生きたいと思っている。

重たい話でごめんなさい。書こうか迷ったんだけど、今自分の中で書くべきっていう結論に至ったからさ。。
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2006'01'30(Mon)23:20 [ コラム ] CM2. TB0 . TOP ▲
    


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