No Music No Life~日々全力投球~  社会人になっちゃったゆずひろの日常
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音を楽しむこと、それが音楽
 今日はコラムってことにさせてもらいます。こんばんわ、ゆずひろです。
 とあるブログを見ていて、このタイトルと同じようなことを書いてらしたんですけど、すごい共感できて…音を楽しむのが音楽なんやから、義務化されたような音楽で感動できることは少ない、いやないに近いのかもしれない。合唱とかオーケストラとか、ああいったところにいる人たちの演奏などは、圧倒される感じがあってすごいと感動できる。でも、「作られた感」のあるような歌い方とかは好きじゃない。アイドルの方針のために、ぶりっ子っぽい歌い方をする人もいるし…それで売れるのは、その子のキャラクターであって、歌が上手いから好きっていうのはないだろう。
 俺はアコギを始めて5年は経過していると思うけど、それほど劇的な変化を遂げてはいない。強いてあげるなら耳コピが出来るようになった事くらい。ギターの技術用語も知らないこといっぱいだし、知ろうともあまり思わない。負け犬の遠吠えと一緒だけど、義務に感じてしまうんだ。それがイヤだし、背伸びするのもどうかと思う。だから、今の自分の技術で今の自分を表現していきたいのだ。ただ、そう思っている半面で、今の自分の限界を感じることもたまにある。段々ギターを触っていくと、自分の好きなコード進行ってものが生まれるわけで、自分で曲を作ろうとしたときも、なんやかんやでそのコード進行になっているときがしばしばある。コードを知らないということがあるけど、山崎まさよしさんみたいにコードを気にせず、自分がいいなぁと思ったように弦を押さえればいいかなとも思ってる。それはありきたりなコードかもしれないけど、自分の中での発見でもある。
 高校1年の頃からたまに詞を書くようになっていった。最初に曲としてちゃんと出来た曲が「五月雨」という曲だ。6月、数学の時間中に書いたことを今でも覚えている。それから詞はいくつか書いたけど、今よりメッセージ性がないというか、なんというか…何かが足りないのだ。だからこの前、高校時代に書いていた詞のほとんどを捨てた。語彙が少ないのもあるのかも知れない。表現が同じようになってしまうこともある。比喩をするとおかしい感じがするからあまり好かない。でも、この前このブログに載せた「わだち」は、それを抜きにして自分でいいなぁって思えたものだった。
 音楽を楽しむのは人それぞれである。どれが一番なのかなど存在しない。自分がいいと思ったやりかたで音楽を楽しめばいいのだ。ただ、周りに迷惑のかかるようなことはしてはいけない。それが音楽を楽しむために簡単で難しいことなのかもしれない。
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2005'06'25(Sat)00:52 [ コラム ] CM0. TB0 . TOP ▲
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